東京地方裁判所 平成10年(ワ)8873号・平10年(ワ)18943号 判決
主文
一 被告(反訴原告)は、原告(本訴被告)に対し、金一二六五万六三八六円及び内金八一一万九二〇七円に対する平成一〇年三月二日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
二 被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴請求
主文第一項同旨
二 反訴請求
1 主位的請求
原告(反訴被告。以下「原告」という。)は、被告(反訴原告。以下「被告」という。)に対し、金八六五万二一〇〇円及びこれに対する平成四年一一月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
原告は、被告に対し、金四八三万〇〇四八円及びこれに対する平成四年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告がゴルフクラブ会員権の購入資金に充てるためにいわゆる提携ローンを利用して原告から借入れをしたところ、そのゴルフ場が開場できなくなったことから右借入金の弁済を止めたため、原告が被告に対し、金銭消費貸借契約に基づき残元金並びに約定利率による利息及び民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め(本訴請求)、他方、被告が原告に対し、主位的に、右金銭消費貸借契約に基づき弁済を受けた金員について、同契約が解除により遡及的に効力を失い又はこれに基づく貸金返還請求権が被告の原告に対する債権をもって対当額において相殺されたことにより遡及的に消滅したから、法律上の原因がなくなったとして、不当利得返還請求として右弁済額に相当する金員及びこれに対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に、原告の従業員が被告に対しゴルフクラブへの入会を勧誘してその会員権代金相当額の損害を負わせたことが不法行為を構成するとして、使用者責任(民法七一五条一項)に基づく損害賠償金及びこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(反訴請求)という事案である。
一 判断の前提となる事実
(証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
1 当事者等
(一) 原告は、もと「協和銀行」と称していたが、平成三年四月一日、株式会社埼玉銀行を吸収合併して「株式会社協和埼玉銀行」に商号変更をし、更に平成四年九月二一日、「株式会社あさひ銀行」に商号変更をした。(以下、右合併の前後を問わず「原告」という。)
(二) 株式会社プリムローズカントリー倶楽部(以下「プリムローズ」という。)は、ゴルフ場及びスポーツ施設の経営等を目的とする株式会社であり、昭和五九年六月一八日に設立され、埼玉県比企郡小川町において預託金会員組織の「プリムローズカントリー倶楽部」(以下「本件クラブ」という。)を設け、ゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を開場するための事業計画を遂行していた(乙第五号証の一、二、第八号証の一、証人相川豊の証言(以下「相川証言」という。)、弁論の全趣旨)
(三) 睦商事株式会社(以下「睦商事」という。)は、本件当時、プリムローズの本件クラブの会員権の販売のための代理店として、本件クラブの会員を募集していた。(乙第六号証、第一一号証、相川証言)
(四) 武州商事株式会社(以下「武州商事」という。)は、昭和二五年五月一八日に設立された有価証券の保有、利用等を目的とする株式会社であり、睦商事から委託を受けて会員募集業務を取り扱っていたが、本件当時の取締役は、その大半が原告の従業員又は元従業員であった。(乙第六号証、第二七号証、相川証言)
(五) あさひ銀ファクター株式会社(以下「あさひ銀ファクター」という。)は、昭和五四年七月五日に設立された融資及び信用保証業務等を目的とする株式会社であり、当初「首都圏ファクター株式会社」と称していたが、平成四年九月二一日、現在の商号に変更した。原告は、その当時の同社の発行済株式総数四〇万株のうち二万株を保有しており、その役員の大半は、原告の役員経験者や二〇年以上原告に勤続した従業員又はこれらに準ずる者が就任していた。(乙第三二、第三三号証、第三四号証の一、二、第三五、第三六号証)
2 金銭消費貸借契約及び会員契約
(一) プリムローズは、昭和六二年七月ころ、埼玉県知事から本件ゴルフ場の立地承認を受けるためにあさひ銀ファクターから二〇億円借り受ける旨の融資証明を受けたが、原告は、そのころ、従業員をプリムローズに出向させ、昭和六三年七月ころ、あさひ銀ファクターとともにプリムローズに対して一〇億円ずつを貸し付けた。(乙第九号証の一、二、第二六号証、相川証言)
(二) 原告は、昭和六二年一〇月二〇日、プリムローズ及び睦商事が本件クラブの会員を募集するに当たり、右両社との間で、顧客が会員権購入資金に充てるために原告から借入れをする仕組み(以下「本件提携ローン」という。)を採ることについて、大要以下のとおり合意した。
(1) 原告は、本件クラブへの入会を希望し、かつ、右両社が次項の保証をすることを認めた者に対し、使途を本件クラブの会員権代金(入会金及び預託金)の支払として、いわゆる縁故募集の場合には会員権代金の全額、それ以外の場合は一〇万円ないし二五〇〇万円の範囲で会員権代金の八〇パーセントの割合による金員をそれぞれ貸し付け、原告の東松山支店に開設されたプリムローズ名義の預金口座に振り込み、同社は右顧客に代理してこれを受領する。
(2) プリムローズ及び睦商事は、原告に対し、右顧客が原告に負担する貸金返還債務を合計二〇億円の範囲で連帯して保証する。
(三) 被告は、昭和六三年二月ころ、当時原告の従業員であった相川豊(以下「相川」という。)から本件クラブに入会するように勧められ、プリムローズとの間で、同月二六日、入会金を二〇〇万円、預託金を一一〇〇万円として、本件クラブに入会する旨の契約(以下「本件会員契約」という。)を締結した。(乙第三、第四号証、第二五、第二六号証、相川証言、被告本人尋問の結果)
なお、本件クラブの会員権は、本件クラブが正式に開場してから二年が経過した後、所定の手続を経た上、他の者に譲渡することができるとされている。(甲第四号証)
(四) 原告は、昭和六三年二月一八日、本件提携ローンに基づき、被告との間で、使途を本件クラブの入会金及び預託金の支払として、以下の約定により一三〇〇万円を貸し付ける旨の消費貸借契約(以下「本件金銭消費貸借契約」という。)を締結し、同月二六日、右貸金の交付として原告の東松山支店のプリムローズ名義の預金口座に一三〇〇万円を振り込み、同社は被告を代理してこれを受領した。
(1) 返済方法 元利均等返済方式により、同年四月一日限り一六万四九九五円、同年五月から平成一〇年三月まで毎月一日限り一五万四三一一円ずつを支払う。
(2) 利息 年七・五パーセントの割合(元金残高に右割合を乗じた上、一二で除した金額を毎月一日に支払う。)
(3) 遅延損害金 年一四パーセントの割合(一年を三六五日とする日割計算)
(五) 被告は、原告に対し、本件金銭消費貸借契約に基づき、昭和六三年四月分として一六万四九九五円、同年五月分から平成四年一一月分まで毎月一五万四三一一円ずつ、以上合計八六五万二一〇〇円を支払い、そのうち、四八八万〇七九三円が本件金銭消費貸借契約に基づく貸金元金に充当された。
3 本件金銭消費契約締結後の事情
(一) 本件クラブの会員権について、当初は八〇〇万円、本件当時一三〇〇万円(本件金銭消費貸借契約もこれに該当する。)、その後、一八〇〇万円、二三〇〇万円、二五〇〇万の代金でそれぞれ縁故募集が行われた上、四五〇〇万円の代金で一般募集が行われた。
(二) プリムローズは、本件金銭消費貸借契約締結当時、本件ゴルフ場用地のすべてを買収していたわけでなく、開発行為の許可も受けていないという状態であったが、昭和六三年一〇月、埼玉県知事から右許可を受けた上、翌平成元年には、本件ゴルフ場の工事に着手した。(乙第八号証の一、弁論の全趣旨)
(三) 睦商事は、昭和六二年ころ、原告従業員により組織されている生活協同組合(以下「原告生協」という。)との間で、原告生協が睦商事に対し、原告又はその関連会社の従業員及び取引先を本件クラブへの入会者として紹介した場合は、睦商事から原告生協に対し、個人について二〇万円、法人について四〇万円の手数料を支払う旨の覚書を取り交わし、これに基づき、昭和六三年三月ころ、手数料として個人二一名分合計四二〇万円を支払った。(乙第一一ないし第一三号証、弁論の全趣旨)
(四) 睦商事は、遅くとも平成二年二月一三日までに、武州商事に対し、本件クラブの会員権の募集を委託し、募集手数料として、同年三月二七日ころ合計一億三六〇〇万円、同年一一月二七日ころ合計二〇四〇万円、平成三年三月四日ころ合計六〇〇万円、同年六月五日ころ合計三六〇万円、同年八月二二日ころ合計四三六万円、平成四年六月一五日ころ合計六〇〇万円をそれぞれ支払った。(乙第一四ないし第二三号証)
(五) ところが、プリムローズは、本件ゴルフ場の開場準備を当初の予定どおりに進めることができず、本件クラブの会員に対し、平成八年二月二九日ころ、本件ゴルフ場の開場が困難である旨通知し、その後においても事業が全く進捗せず、本件ゴルフ場の開場は遂に不能となった。(乙第八号証の一、二、弁論の全趣旨)
4 被告による解除及び相殺の意思表示
(一) 被告は、平成一〇年六月二八日、プリムローズに対し、本件ゴルフ場を開設する債務の不履行を理由として本件会員契約を解除する旨の意思表示をするとともに、本件会員契約に基づく債務の弁済として会員権代金として支払済みの一三〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。(乙第一〇号証の一、二)
(二) 被告は、原告に対し、平成一一年一月一二日の本件第三回弁論準備手続期日において、被告の原告に対する不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償金一三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二六日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払請求権を自働債権として、また、同年七月二一日の本件第八回弁論準備手続期日において、右同様の債権(ただし、遅延損害金の始期を平成四年一二月一日とするもの)又は被告のプリムローズに対する不当利得金一三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払請求権を自働債権として、それぞれ、本件金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求権とその対当額で相殺する旨の意思表示をした。
二 争点
1 本件金銭消費貸借契約の法的性質及びこれと本件会員契約との間の牽連性の有無
2 被告の原告に対する民法七一五条一項に基づく損害賠償請求権による相殺の可否及び既払金についての不当利得返還請求権の成否
3 被告のプリムローズに対する不当利得返還請求権による相殺の可否及び既払金についての不当利得返還請求権の成否
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(一) 被告
(1) 本件金銭消費貸借契約は、貸金の使途を特定しない通常の金銭消費貸借契約とは異なり、本件提携ローンを前提として資金使途を本件会員契約の代金支払に限定し、これに基づき貸金がプリムローズの預金口座に直接振り込まれ、同社が被告を代理して受領することとされていたのであって、被告は名目的に借主とされていたにすぎないのであるから、実質的には、原告がプリムローズに対して本件会員権の代金を立て替えて支払い、本件クラブの会員である被告から当該金額に利息を名目とする利益分を加えた額の金員を分割払することを内容とするいわゆる立替払契約であるとみることができる。したがって、本件会員契約が解除により遡及的に無効となると、本件金銭消費貸借契約も根拠を失って遡及的に無効となり、原告が被告から本件金銭消費貸借契約に基づく債務の弁済として被告から受領した金員は、法律上の原因を欠き、原告の不当利得となるということができる。
(2) また、本件金銭消費貸借契約と本件会員契約との間には、取引上の信義則に基づき、その成立、存続及び履行における牽連性が認められる特段の事情がある。
すなわち、割賦販売法三〇条の四第一項は、商品の購入者が一定の場合に割賦購入あっせん関係販売業者に対して生じている事由を割賦購入あっせん業者に対抗することができる旨を定めるが、右規定は抗弁の内容を限定をしていないから、右抗弁には同時履行の抗弁などの阻止の抗弁のほか、消滅の抗弁、障害の抗弁も含まれる。そして、右規定の実質的根拠は、割賦購入あっせん関係販売業者と割賦購入あっせん業者との間の緊密な経済的協力依存関係、右両者の継続的契約関係、消費貸借契約と売買契約との間の目的・手段の関係、購入者の保護の必要性等の諸点から導かれる信義則にあると解すべきところ、本件金銭消費貸借契約と本件会員契約については、割賦販売法は直接適用されないものの、右のような諸事情があれば、信義則上、抗弁の接続による成立、存続及び履行における牽連性が認められるというべきである。
ところで、原告は、プリムローズに対し、巨額の貸付けをし、本件クラブの経営を軌道に乗せて利益を得ることを目的とし、当初からその事業に組織的に関与し、本件提携ローンを前提にして、本件クラブの入会希望者に対し貸付けをするなど、継続的に会員権販売の促進に関わっていたのであるから、原告とプリムローズとは、本件クラブの経営等について共同事業体的な関係にあったというべきである。そして、右両者の間には前記のような抗弁の接続を認める根拠となる諸事情が存する上、原告は、本件ゴルフ場の開場が不成功に終わるべき事情があることを知り又は知り得たのに、契約締結の意思がない被告に本件提携ローンを利用した本件会員契約の締結を積極的に勧めたなどの事情を勘案すれば、右各契約は抗弁の接続による成立、存続及び履行における牽連性があると認められる特段の事情が存する。
そうすると、本件会員契約の解除により本件金銭消費貸借契約もまた遡及的に無効となり、被告が同契約に基づき原告から受領した金員は不当利得となる。
(3) 以上によれば、原告は、被告に対し、不当利得返還請求として、既払金に相当する八六五万二一〇〇円及びこれに対する利得の後である平成四年一一月二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員を支払う義務を負う。
(二) 原告
(1) 銀行が、金銭消費貸借契約を締結するに当たって、貸金の使途を提携先の第三者への支払に充てることとし、右第三者に貸金を代理受領させることは金融実務において一般的に行われていることであり、被告はこのような提携ローンの仕組みを知りつつ、本件金銭消費貸借契約の申込みをしたのであって、本件金銭消費貸借契約は立替払契約ではなく、したがって、本件会員契約の解除とともに本件金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求についてもその法律上の根拠が失われるということはできない。
(2) また、本件金銭消費貸借契約と本件会員契約とは、別個独立の契約であるから、これらを一体として成立、存続及び履行における牽連性があるということはできない。被告が割賦販売法三〇条の四第一項の定める抗弁の接続が認められるべき実質的根拠として挙げる諸事情があっても、それだけで当然に信義則上抗弁の接続が認められるということはできず、かえって、右規定は一定の場合にのみ抗弁の接続が認められることを定めた創設的規定であって、これとは場合を異にする本件金銭消費貸借契約及び本件会員契約にはその適用がなく、両契約間に抗弁の接続は認められない。そして、本件における事実関係に照らしても、被告が両契約に抗弁の接続が認められるべき実質的根拠として主張するような諸事情は存在しない。
2 争点2について
(一) 被告
仮に、本件金銭消費貸借契約が本件会員契約の解除により遡及的に消滅しないとしても、被告は、原告に対し、以下のとおり不法行為に基づく損害賠償請求権を有し、これを自働債権として相殺の用に供することができる。
(1) 本件損害賠償請求権(一)による相殺及び既払金の不当利得返還請求
ア ゴルフ会員権の募集、勧誘、販売等は、銀行法一〇条及び一一条により銀行が営むことを許された業務に含まれず、むしろ同法一二条により営業を禁止された業務に属する上、ゴルフ会員権の購入はリスクを伴う行為であるから、原告は、銀行として信用を背景として積極的にゴルフ会員を募集してはならない義務があるというべきである。それにもかかわらず、原告の従業員であった相川は、本件ゴルフ場の開場が不成功に終わるべき事情があることを知り又は知り得べき状況にありながら、本件クラブには原告及び有力政治家が関与しており確実に開場されるし、本件クラブの会員権は将来値上がりするなどと説明し、入会を積極的に勧誘し、被告をして右説明を信じさせて本件会員契約を締結させ、会員権代金一三〇〇万円を支払わせたのであるから、相川の被告に対する本件クラブへの入会勧誘行為は不法行為を構成し、被告はこれにより同額の損害を被った(以下「本件不法行為」という。)。
そして、原告は本件クラブ会員権の募集、勧誘、販売等を積極的に行うことを方針としてこれに関与させ、仮にそうでなくとも、本件不法行為は貸付の促進という原告従業員の本来の職務と社会観念上牽連関係にあるから、その行為の外形から見て原告の業務の範囲内に属する。
したがって、被告は、原告に対し、使用者責任(民法七一五条一項)に基づく損害賠償金として一三〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求する権利(以下「本件損害賠償請求権(一)」という。)を有する。
イ 本件損害賠償請求権(一)に係る相殺適状の時期は昭和六三年二月二六日であり、被告の原告に対する本件金銭消費貸借契約上の債務は遡及的に消滅したので本訴請求は理由がない。
また、原告は本件金銭消費貸借契約に基づく弁済として被告から受領した八六五万二一〇〇円は、右相殺によりその法的根拠を失うことになるから、右既払金は原告の不当利得となる。
ウ したがって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求として既払金に相当する八六五万二一〇〇円及びこれに対する利得の後である平成四年一一月二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合の金員を支払う義務を負う。
(2) 本件損害賠償請求権(二)による相殺及びその残額の損害賠償請求
ア 仮に、本件不法行為による損害発生の時期が本件会員契約締結時でないとしても、遅くとも被告が原告に対する本件金銭消費貸借契約に基づく貸金返還債務の支払を拒否するに至った平成四年一二月一日にはプリムローズが倒産状態に陥り、本件ゴルフ場の開場は不可能になり、かつ、本件クラブの会員権は無価値となったため、被告は右会員権代金に相当する損害を被った。
したがって、被告は、原告に対し、民法七一五条一項に基づき一三〇〇万円及びこれに対する不法行為による損害が発生した日である平成四年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求する権利(以下「本件損害賠償請求権(二)」という。)を有する。
イ 右の当時、被告は、原告に対し、本件金銭消費貸借契約に基づき残元金八一一万九二〇七円及び利息五万七四五円の合計八一六万九九五二円の支払債務を負っていたとしても、本件損害賠償請求権(二)に係る相殺適状の時期は、平成四年一二月一日であり、右債務は遡及的に消滅したので本訴請求は理由がない。
また、右相殺により、被告の原告に対する本件損害賠償請求権(二)の残額は四八三万〇〇四八円となった。
ウ したがって、原告は、被告に対し、使用者責任(民法七一五条一項)に基づく損害賠償金の一部として四八三万〇〇四八円及びこれに対する不法行為による損害が発生した平成四年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
(二) 原告
原告がその従業員に本件クラブのゴルフ会員権を募集、勧誘、販売等を行わせたことはなく、仮に、相川が被告に対して本件クラブへの入会を勧誘したとしても、銀行法によって銀行が所定の業務以外の営業を禁止されている趣旨は、銀行業務の公共性にかんがみ、その本業において社会的意義と経済的機能を発揮するべきであること、本業の利便の低下及び預金者の資産に対する危害発生等を避けることにあり、銀行法に違反する事実があるからといって直ちには不法行為における違法性が具備されるものではなく、被告は自己の判断により本件会員契約を締結しているのであるから、右勧誘等の行為には違法性はない。
また、相川の本件クラブへの入会勧誘は、原告の業務ないしこれに付随する業務に含まれないから、原告の事業の執行についてされたとはいえず、相川は被告との個人的な関係から本件クラブへの入会を勧誘したにすぎないので、その外形から見て原告の事業の範囲内に属するものでなく、かつ、被告もそのことを知っていた。
したがって、原告は、被告に対し、民法七一五条一項に基づき損害賠償をする責任を負わない。
3 争点3について
(一) 被告
仮に、本件金銭消費貸借契約が本件会員契約の解除により遡及的に効果が消滅したものでないとしても、被告は、プリムローズに対する不当利得返還請求権をもって原告に対する相殺の用に供することができる。
すなわち、本件会員契約は解除により遡及的にこの効果が消滅したから、被告はプリムローズに対し会員権代金に相当する一三〇〇万円の不当利得返還請求権を有するところ、前記1(一)のとおり、本件金銭消費貸借契約と本件会員契約には信義則上抗弁の接続が認められるから、被告は原告に対して右不当利得返還請求権を主張することができる。そして、その相殺適状の時期は、本件会員契約を締結した昭和六三年二月二六日であり、被告の本件金銭消費貸借契約上の債務は遡及的に消滅したので、本訴請求は理由がない。
また、原告が本件金銭消費貸借契約に基づく弁済として被告から受領した八六五万二一〇〇円は右相殺によりその法的根拠を失うことになるから、右既払金は原告の不当利得となる。
したがって、原告は、被告に対し、右不当利得金及びこれに対する利得の日の後である平成四年一一月二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員を支払う義務を負う。
(二) 原告
本件金銭消費貸借契約と本件会員契約は、別個独立の契約であり、成立、存続及び履行における牽連性はないから、被告がプリムローズに対して債権を有するとしても、原告に対し、右債権をもって相殺の主張をすることはできない。
第三争点に対する判断
一 争点1について
前判示第二の一2(四)のとおり、本件金銭消費貸借契約においては貸金の使途が本件会員契約に基づく会員権代金の支払に限定されているけれども、その契約書(甲第一号証)の記載文言によれば、同契約は、被告がプリムローズに対して右代金の立替払を依頼することを内容とするものではなく、被告が原告から金員を借り入れることを内容とする純然たる消費貸借であることは明らかであり、他方、本件金銭消費貸借契約を立替払契約と同視し、あるいはその実質が立替払契約であると認めるべき事由が存するとは認められないので、右契約の法的性質に関する被告の主張を採用することはできない。
また、前判示第二の一2(二)(三)の各事実によれば、本件金銭消費貸借契約と本件会員契約は本件提携ローンを前提として締結されたものであり、右ローンを利用して原告から借入れをすることができることにより会員権の販売が促進されるという事実上の効果があることは疑いないから、両契約が社会経済的な面からみて密接な関係にあることを否定することはできないけれども、他方、本件会員権契約を締結するためには必ずしも右ローンを利用して借入れしなければならないわけではない上、法律的には当事者を異にする別個の契約であるから、本件会員契約上の事由をもって本件金銭消費貸借契約に基づく債務の履行を拒むことができると解すべきことを基礎付け得る特段の事情がない限り、プリムローズとの関係で生じた事由を原告に対して主張することは許されないというべきである。そして、右の特段の事情は、本来当事者の異なる別個の契約の間に牽連性を生じさせることになるのであるから、原告と被告がプリムローズとの間で生じた事由をもって本件金銭消費貸借契約上の債務を拒み得る旨合意した場合、あるいは、原告がプリムローズと極めて密接な関係を有しており、同社において本件会員契約上の債務を履行し得ないと知り又は知り得べき状況にありながら本件金銭消費貸借契約を締結したなどの右債務不履行の結果を原告に帰せしめるのを信義則上相当とする事情が存する場合を指すものと解すべきである。そして、本件においては、原被告間に前記のような合意のあったことの主張・立証はないから、専ら信義則上抗弁の接続を認むべき事情の存否のみが問題となる。
そこで、以下、右の観点から特段の事情の有無について検討する。
1 前判示第二の一2のとおり、原告は、その関連会社であるあさひ銀ファクターとともに、プリムローズに対し合計二〇億円を貸し付けた上、本件提携ローンに基づく金銭消費貸借について同社から総額二〇億円の範囲内で保証を受けていたのであるから、本件提携ローンにより同社の会員権の販売を容易にする役割を担っていたばかりでなく、同社に対する金銭消費貸借契約上の債権者としてその資産ないしその運用状況に関心を持っていたと推認するに難くはない。
2 ところで、被告は、原告がプリムローズの営業について当初から組織的に関与した旨主張するところ、前判示第二の一2及び3のとおり、原告は、プリムローズに従業員を出向させ、また、原告の関連会社である武州商事や原告生協が本件クラブの会員権の総販売代理店である睦商事から会員権の募集又は紹介の委託料を受領するという関係にはあったものの、それ以上にプリムローズの経営についてまで深く関与したことを認めるに足りる証拠はない。もっとも、この点に関し、相川は、証人尋問及び陳述書(乙第二六号証)において、同人らが本件クラブの会員募集のための打合せを行った結果、原告の各支店に右会員募集の勧誘を文書で要請し、各支店の支店長らが中心となってこれを行ったなど、被告の前記主張に副う供述をする。しかしながら、他方、相川は、証人尋問において、同人が被告らに対し本件クラブへの入会を勧誘するに際し、原告から会員募集を依頼されたり、募集者の数について目標を定められたりすることもなかった旨、また、原告に対して右会員募集の報告をしたことはなく、本件会員契約締結当時において原告の東松山支店は本件クラブの会員募集の「元締め」というよりは、総販売代理店としてこれを行っていた睦商事の取引支店であった旨証言し、原告が組織的に本件クラブの会員を募集していたこととは矛盾するかのようなことも述べているばかりでなく、前記の各支店に宛てたとされる会員募集の要請文書の存在を裏付ける証拠もないから、被告の主張に副う相川の前記供述をにわかに信用することはできない。
そうすると、本件においては、原告がプリムローズの経営ないし営業に重大なる影響を与えたような立場で組織的に関与していたとまで認定することはできない。
3 そして、証拠(甲第五ないし第一五号証、乙第二六号証、相川証言、被告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、相川は、昭和五三年ころ、仕事を通じて被告と知り合い、友人関係にあったこと、昭和六二年一〇月ころ、睦商事の役員の紹介を受けて代金八〇〇万円で本件クラブの会員契約を締結したこと、被告を含む入会希望者を直接睦商事に紹介したこと、その当時本件クラブの会員となることを希望する者が多かったこと、被告が本件クラブの会員となるために支払った会員権代金はその後の募集における会員権代金と比較して相当低額であることなどが認められるところ、これらの各事実を総合すると、むしろ相川は、睦商事から本件クラブの会員権募集の依頼を受け、従来から友人関係にある被告に対し、一般の募集よりも低額の価格で購入できるものとして本件クラブへの入会を勧誘した側面があることが窺われるというべきである。
4 さらに、前判示第二の一3(二)のとおり、本件金銭消費貸借契約締結当時においてプリムローズは本件ゴルフ場用地の取得を完了していなかったのであるから、抽象的にはその開場が不成功に終わる可能性があることを否定できないとしても、相川証言によっても、同人は会員を募集した当時本件ゴルフ場の開場に不安を持っていなかったというのであり、これに加え、その後原告がプリムローズに対して一〇億円もの金額を貸し付けたという事情が存することを併せ考慮しても、むしろ原告は本件ゴルフ場が開場されることを期待し、予測していたものと認められるのであり、他方、この期待又は予測が原告の責に帰すべき事由により誤っていたものであることを認めるに足りる証拠は見出し難い。
5 以上の諸点を総合すると、本件ゴルフ場の開場が不可能となり、本件会員契約が債務不履行により解除されたとしても、原告がそのような事情を知り又は知り得べかりし状況にあったとまでは認めることはできないから、信義則上抗弁の接続を認むべき事情が存するということはできず、したがって、被告が原告に対し、本件会員契約上の事由をもって本件金銭消費貸借契約における債権者に対抗することができると解することは困難であり、争点1に関する被告の主張を採用することはできない。
二 争点2について
1 被告は、原告ないしその従業員であった相川が本件クラブの会員となるように被告を勧誘したことは、銀行法一一条、一二条に違反する旨主張するけれども、同法は、銀行の業務の公共性にかんがみ、その信用を維持し、預金者等の保護を確保するとともに、金融の円滑を図るため、銀行の業務の健全かつ適切な運営を期し、もって国民経済の健全な発展に視することを目的とする(同法一条)ものであり、同法一一条、一二条もかかる観点から定められたと解すべきであるから、右各条は取引相手の保護を直接の目的とするものではなく、同条に反することが直ちに取引相手に対する行為について不法行為の違法性を基礎付けるということはできない。そこで、相川が原告に対して行った勧誘等が不法行為を構成するか否かは、その行為の具体的態様を考察して判断すべきである。
2 ところで、相川は、被告に対する本件クラブへの入会勧誘時の説明内容について、証人尋問及び陳述書(乙第二六号証)において、「プリムローズの実質的経営者は代議士であるから近いうちに必ず許可が下りる。原告も当初から支援し、従業員を派遣し、役員も派遣する予定であるから入会しても大丈夫である。今回は、許可前の縁故募集であるから一三〇〇万円で購入できる。本件クラブの開場は二年後となるが、開場後二年で転売できる。第一次正会員募集を二三〇〇万円でする予定であるから儲かる。購入代金は原告が全額を貸し付けるので支払は楽である。」などと説明した旨供述し、被告も、その本人尋問及び陳述書(甲第二五号証)において、相川からおおむね右のとおりの説明を受けたと供述するところ、相川の右供述は、前判示第二の一の各事実と符合する部分も多く、証人相川自身が本件クラブの会員権を購入していることに照らすと、本件クラブの会員権を勧誘することについて何ら問題がないと認識していたと推認することができるから、必ずしも信用できないということはできない。
3 もっとも、右相川及び被告本人の供述を前提としても、その後、現に代金二三〇〇万円ないし四五〇〇万円で本件クラブの会員権の募集が行われ、申込者も多かったことから、本件金銭消費貸借契約締結当時には本件クラブの会員権の価格の上昇が見込まれたことが窺われ、また、その当時、本件ゴルフ場が開場に至らない具体的危険性があったと認めるに足りる証拠はなく、相川証言によっても、同人は本件ゴルフ場が開場できると考えていたというのであるから、同人が被告に対し本件クラブの会員に勧誘するに際して用いた文言とその当時存した事実ないし予見された事実はおおむね一致していたというべきである。そして、前判示のとおり、相川が友人である被告に対する便宜を図るために勧誘をしたという側面があることをも併せ考慮すれば、相川が被告に対して本件クラブの会員となるように勧誘してはならない義務があったとまではいうことができず、相川の被告に対する本件クラブの会員への勧誘行為が、原告に対する不法行為を構成すると評価することはできないから、原告において、民法七一五条一項に基づく使用者責任を負うということができないのは明らかである。
4 したがって、争点2に関する被告の主張も採用することができない。
三 争点3について
被告のプリムローズに対する不当利得返還請求権と本訴請求債権はそれぞれ当事者が異なるので、同一当事者間において対立する債権には当たらず、かつ、第三者に対する債権をもって相殺し得るものと特に法定された場合に該当しないので、相殺適状にないというほかなく、前判示のとおり本件会員契約と本件金銭消費貸借契約との間には抗弁の接続を認むべき事情も存しない以上、前者に基づく債権をもって後者に基づく債権を相殺することができると解すべき理由もまた存しない。
したがって、争点3に関する被告の主張も採用することができない。
四 結論
以上によれば、本訴の請求原因については争いがなく、被告が本訴請求に対する抗弁及び反訴の請求原因として主張する事実についてはいずれも認めることはできない。
よって、原告の被告に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告の原告に対する反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、仮執行の点について同法二五九条一項それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 内堀宏達 裁判官 小川嘉基)